コラム

「#忘年会スルー」と「組織コミュニケーション」

昨年末は「#忘年会スルー」というキーワードがトレンドになりました。
できれば忘年会に参加したくない、欠席したいという思いがSNSを中心に発信され、情報番組でも盛んに取り上げられました。

上下関係を飲み会の席にまで持ち込む、無礼講とは名ばかりで、上司の自慢話や訓示を聞かされ続ける、話すことは愚痴ばかり、若手に余興を強要する…という実態ならば確かに敬遠したくなるのも無理はありません。

セクハラ、パワハラ、アルハラ上司は論外ですが、あるリサーチによると『忘年会に参加したくない』と考えているのは若手に限った事象ではないそうです。逆に、その割合は年代が上がるとともに上昇する結果になっていて、これはちょっと興味深いことです。つまり前述の「上司の問題」だけではない状況が見え隠れしているのです。

一方『参加したい』と考えている人はどの年代にも一定数いるのも事実です。
参加したい方々はお酒の席だからこそ心を許して語り合い、職場の絆を深め、信頼関係を築く飲みニケーションの場に価値を感じているのではないでしょうか。

このように考えると、「#忘年会スルー」問題の根源はその忘年会が組織にもたらす効果に対する「評価の相違」に他ならないように感じます。
忘年会に参加したくない人は忘年会に参加しても自組織にとっても自分にとってもメリットがない。だから参加したくない、と考えているのではないでしょうか。

忘年会の目的の中心は「組織内の親睦を深め、好意的な人間関係を作る」ことです。
そもそも組織内の交流など必要ない、よい人間関係など必要ない、という価値観の人もいるかもしれませんが、本来の目的である好意的人間関係づくりができない、と感じられる忘年会を実施していることは大きな問題でしょう。飲める人だけが楽しい、長時間拘束するような忘年会も同様です。

人間関係づくりの基本はコミュニケーションです。
よいコミュニケーションを行わずして「忘年会で親睦を図ろう!」とスローガンを掲げていること自体が無謀であり、誰かが我慢してでも交流をすべきという考えがまさしく価値観の押し付けになります。
それならば忘年会は目的を達成するために価値観の違う人が集まった組織という「チーム」ではなく、価値観や好みが一致した個人的な「グループ」で実施すべきでしょう。
また上司も若手もお酒の席だから価値観を押し付けたり、不快なコミュニケーションをしても許されるという考えは通用しません。できるだけ一致する価値観を探し出し、みんなが納得する忘年会の形を見つけたいものです。

価値観は十人十色なのは当然ですが、その価値観はどんな認識が原点であり、その価値観は他の人にはどのように受け止められるのか、また他の人は自分とは違うどんな価値観を持っているのか…これらは俎上に載せなければ共有できません。どうせ分かり合えないのだから、と見切りをつけていたらいつまでも「スルー」したい状況は変わらないでしょう。
組織コミュニケーションは表現し合うことから始まるのです。

2020年が幕を開けました。忘年会の次には新年会が待っています。
価値観を一致させるためには濃密なコミュニケーションが欠かせません。
「スルー」とは逃げるという意味です。スルーする人は結局、コミュニケーションを放棄しています。
参加したくない人も「スルー」などという軽い言葉でお茶を濁すのではなく、組織のコミュニケーションの問題と捉え、価値観を共有すべく組織みんなでこの問題を正面から取り組む必要があるのではないでしょうか。

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